アルゼンチン・ブラジルサッカー留学 信頼と実績のブラジルサム
アルゼンチン

サッカー関連

クリックすると大きな地図が見られます アルゼンチンではサッカーは空気の様なもの。男の子であれば人生最初の誕生日プレぜントはサッカーボールである。 街角の空き地ではいつもボールを蹴っている子供や大人の姿があり、月曜日の仕事始めは週末のサッカーの試合の講釈から始まる。 そのような地であるアルゼンチンにサッカー留学しませんか?
TVでは、アルゼンチンリーグだけでなく、スペイン,イタリア.プレミアなど 世界のトップリーグが常に見れる。 子供の時から 一流プレーヤーのフェイントや素晴らしいシュートシーン等、創造力あふれるプレーや、体を張った激しいあたりやプレーの激しさ、 そして 喜怒哀楽といったもの等 すべてが生活の空気のような存在として日常に あふれています。 日本では 余り お目にかかれなくなった サッカーへの情熱,したむきさが この国にはある。 そのような国をサッカー留学の環境に選ぶことが、サッカー魂(スピリッツ)や技(テクニック,スキル)を磨く上で、一番大切なことです。

では、アルゼンチンのサッカー組織は どうなっているのでしょうか?
プロリーグは「AFA」と略されて言われ(正式にはArgentina Football Associations)、 中が一部リーグと二部リーグに分かれている。 プロリーグ選手として活躍するためにはAFAに登録される必要があります。 当社;ブラジル・サムからサッカー留学された方が、現在 8名 が登録されています。 ひとえに、本人の努力の賜物なのですが、サッカー留学をサポートしている当社としても うれしくて 掲示させていただいています。
また、1つのクラブチームの中にも、
  • AFA1部リーグ (プロ リーグ)
  • AFA2部リーグ (プロ リーグ)
  • プリメラロカル(州リーグ)※契約期間 有
  • レセルバ(リザーブ)※契約期間 有
  • クワルター(16,17歳)
  • セクスター6カテゴリー(14,15歳)
  • セプティマー7カテゴリー(12,13歳)
等 カテゴリーリーグに応じたチームがあり、各々のカテゴリーでレベルごとに毎週末試合をします。 日本のように1軍しか試合に出られないということはありません。 チャンスは誰にでも与えられます。
それぞれの環境の中で互いのプレーを盗み、個人のスキルを切磋琢磨し合う気持ちが大切なのです。 チャンスを掴み 自力でトップリーガーを目指していくのです。

アルゼンチン・一部プロリーグ(AFA 1部)所属チーム名 (本拠地)


※ 太字のチームをサッカー留学先として
  紹介しています

一般的なこと

社会 社 会
国名は、"銀の土地"という意味を持つラテン語。 正式和名は、アルゼンチン共和国である
国土は広く,278万92km2だが、1990年現在の人口は約3232万000人と少ない。 23の州と1連邦首都地区からなっている。 日本と政治的に違う点は、立法,司法,行政の機関を有する連邦制の下に、各州には地方政府が置かれている。
首都のブエノスアイレス近傍に人口が集中していていて、全国民の1/3で,周辺を含めると1/2と言われる。
歴史は、16世紀から始まったスペイン植民地時代初期から、豊富な天然資源で一儲けしようとした入植者が集まってできた国と言える。 現在の首都;ブエノスアイレスの歴史は、1536年に建設され,その後 一度放棄されるが1580年に再建される。 実質的に200年間 ペルー領になった後、途中色々なことがあって 1816年スペインから独立する際 首都となる。 経済的には、映画にもなったイザベル大統領(女性)も傑出したり 経済的にも華やかな時期もあったが、 高率インフレと対外責務とが結びついた経済不安が 今は全体を覆いつくしている。 通貨の単位には、アウストラルとペソの2種類ある。1アウストラルは1000ペソにあたる。 1アウストラルは日本円で***円に相当する。 1990年のGNP(国民総生産)を一人当たりにすると、4680 USドル/年間(50万¥程度) と驚くほどに少ない。 貧富の差は激しく、多くの人の実質は もっと少ない所得ということになる。
民族構成は、85%がヨーロッパ系で 残り15%程度がインデォ系である。 ヨーロッパ系の中では、スペイン系がやはり多いようだが、ドイツ,ロシア,フランス,イギリスと 結構 多様な系列が混在しているようである。 また、ブエノスアイレスには ユダヤ人も多く、都市としては南米最大比率とも言われている。
宗教は、カトリック教徒が多く, 一部プロテスタントおよびユダヤ教である。

食事 食 事
スペイン植民地時代が長いこともあり、味付けの仕方のベースはスペイン料理と想われる。 しかし、新鮮な魚介類のイメージを持つスペインとは違い、食習慣の中心は人口よりも多い牛肉を中心とした肉類,パン,パスタ類,ピザなどで、 日本の若者には比較的馴染みやすいと言える。
パンパ地方の農業マップ (ブエノスアイレスを含めた西南地区)パンパ地方で行われている大規模農業によって、多くの食材が得られている。
ここで得られた代表的な食材が、牛肉,ラム肉,豚肉など、トウモロコシ,小麦,大豆など であり、それらが材料となる。 アルゼンチンは これらの食材輸出国でもあり、食品加工品の輸出国でもある(人口の五人に一人は この種の関係の仕事をしていると聞く)。
ちなみに、あまり日本ではお目にかかれないが、アルゼンチンのワインが旨い。 サッカー留学するのであれば、一度試してみると良い。

気候 気 候
クリックすると大きな画像でみれます この国の大半は、南部の温帯地域に位置しているものの、国土は南北に長いため, 東西は高低差があるために、地方により大きく異なる。 北東部の平原は亜熱帯で湿潤であり、一方南端部は極地気候に準ずる。 左図の植物地図で言えば、北東部の平原がギアナ高原(薄紫)であり, 南端部がチリ/パタゴニア地域(薄青)で表されている。 首都のブエノスアイレスは、チリ/パタゴニア地域(薄青)に位置しているが、十分に可耕地である(つまり それほど寒くない)。
雨量は比較的少なく、メソタミア地方(アルゼンチンの東南部),東部チャコ地方,パンパ(首都のブエノスアイレス周囲)地方に集中傾向がある。 雨量の少ない地方では、砂嵐が頻繁に起こり、時に雪が降る。 首都のブエノスアイレスでの平均気温で、1月;24℃/7月;11℃であり, 日本より温度差が無い。 年間雨量は、1027mmと まずまずのレベルである。 南端近傍の地域はパタゴニアで、荒涼とした乾燥した高原であり、海岸沿いは 南部に行くほど高い崖となり, 荒涼とした景観になる。

ことば ことば
アルゼンチンの公用語はスペイン語ですが、イタリア移民が多いせいか イタリア南部の田舎の方言訛りがあると言われている。 彼らにとっては サッカーやポロは文化であり、自己表現の手段の一つです。 日常生活に密着しているサッカーを通して語学研修をすることで始めて得られる、彼らの文化への理解があるようです。 しかし、出来れば語学力があったほうがいい。 あれば、直ぐにでも留学生活をエンジョイし、サッカーでも自分なりの個性をグランドで表現することが出来やすいのも確かです。 そのためにも、言葉をマスターし異文化に適応することが成功の鍵でしょう。

治安 治 安
日本の治安と比べると良いとは言えませんが(日本が特殊なほど安全なのである)、南米の中でもは アルゼンチンは比較的治安はよい方です。 国全体としては世界標準レベルと想われるので、"自分の持ち物には責任を持つよう心掛ける"という標準レベルの治安心得を身に付けていることが賢明です。

医療 医 療
日本で傷害保険に加入することにより、現地での治療は保険の限度内なら無料で受けられます。 クラブによっては医者(整形外科)が常駐しているところもあります。 (当方では、現地の利便性を考慮してAIU海外旅行保険と契約しております。)

交通 交 通
南米全体の中では 最も優れた輸送&交通システムを有している。
道路網は かなりの田舎まで整備されているが、高低差激しかったり,大きな川が多かったりするため 一部では鉄道や小規模な船舶がメイン交通手段になっているところもある。 主要な道路は、南を上にした大地図で見ると数字の「4」と良く似た形をしている。 ブエノスアイレスから、チリの都市;サンティエゴまで、パンアメリカン・ハイウェイという高速道路が走っている。 これが、先ほど言った数字の「4」の横棒に位置していて、アルゼンチンの分断しているような形を成している。
鉄道は、主要な街をつないでいるものの、極めて線が少ない。 ブエノスアイレスを中心に、3本である。 西北へ伸び、隣国;ボリビアのチチカカ湖までつながっている線。 東北へ伸び、隣国;パラグアイの首都までつながっている線。 そして、南下して港街;マル・デル・プラタまでつながる線。
一方、航空網は国際線,国内線とも よく発達していて、この国の主要都市のすべてにある空港とつながっている。

都市

ブエノス・アイレス

ボア地区の風景 人口1100万人,面積約200km2の アルゼンチンの首都、大都市ブエノス・アイレス。
ヨーロッパからの移民が築いた この街は、南米のパリと呼ばれる大都市である(アルゼンチンの1/3の人口が居る。近郊の都市を入れると半分を超える)。 大都市の割には, コロンに サン・マルチン、グラン・ラバリエ等々 大きな公園や 大きな並木通りがある故に、そのような称号を付けられている。 南米にありながらヨーロッパらしくありたいアルゼンチン人とヨーロッパ風の街並。 ヨーロッパでは国境が障害となって成し得なかった交流が生まれ、異文化の融合によりヨーロッパ的要素を残しつつも、アルゼンチン独特の風土を生み出しました。 そのアルゼンチン的特徴が一番表れているのが、ブエノスアイレスである。
ブエノスアイレスは、ラ・プラタ川の河口に広がる港町としても有名である。 ここに住む人々は、港の人という意味とオシャレな都会人という意味を合わせてボルテーニョと呼ばれる。 市は行政上46地区に分けられており、それぞれの地区に特徴のある街並、セントロを持っている。
交通は、バス・地下鉄が発達しており、名所・旧跡等どこへ行くにも便利である。 道路は、ほとんどマス目状になっており、道に迷うことも少ない。
写真にあるのは、ラ・ボカ地区の一角で、明るい色のペンキを塗りたてた家があったり、イタリアレストランがあったりする地区で、歴史的には 最初の移住者達が住み着いた所と聞く。 ブエノスアイレスの原点である。

ラ・プラタ

首都;ブエノスアイレスを流れるラプラタ川の河口にあたる街。 ブエノスアイレスとは40km程度しか離れていない。 川の対岸は隣国;ウルグアイで、天気に恵まれたら ウルグアイの首都;モンテビデオが見えることがある。
両国の首都を結ぶ中間都市としても古くから栄えた港町である。

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